富山競輪場(富山県)
1951(昭26)年〜

アメリカ軍により1945(昭20)年、富山県が空襲された
その県庁所在地を襲った
富山大空襲
広島、長崎への原子爆弾投下を除く
地方都市への空襲としては
最も被害が大きかったという

戦後の復興資金捻出の為、競輪事業を行う事とし
富山地所株式会社により333mバンクの競輪場が建設され
1951(昭26)年:
富山市主催による富山競輪が開催された
寒冷地の競輪場であるため本場での開催は春から秋にかけてのみ行なわれる

1959(昭34)年:国鉄の駅として競輪の開催日の昼にのみ列車が停車する
臨時駅競輪場前駅”が開業された
その後、国鉄の分割民営化に伴い西日本旅客鉄道(JR西日本)に承継され
2006(平18)年:国鉄の臨時駅”競輪場前駅”は廃止となるが
その後、富山ライトレール富山港線の駅として再び開業(このときから
通常営業駅)となった
またこの年
今までは施設所有は
富山地所株式会社であったが
関連会社の
株式会社桝田酒造店が吸収合併し
現在の施設所有者となる



<昭和44年度・富山市主催・連勝単式勝者投票券>

通称”ドリームスタジアムとやま”と呼ばれているこの競輪場では
今尚、
熱戦が続いている



富山県富山市岩瀬池田町